結願所。仁王門=万治元年(1658)創立、明治24年台風により倒壊し、明治27年に再建された。中門、護摩堂、実盛公像=齋藤別当実盛の像、平成8年(1996)に建立。貴惣門=参道の1つ目の門。国の重要文化財。お祭り広場、平和の塔、軍荼利明王像、天満宮、五社神社、三宝荒神社。本坊本堂、板碑(県指定文化財)など壮観である。
重要文化財(国指定)
• 聖天堂- 拝殿、中殿(相の間)、奥殿からなる廟型式権現造(日光東照宮などに見られる、複数棟を一体とした建築様式)の建物である。幕府作事方棟梁の平内政信の子孫の妻沼の名工林兵庫正清の設計で、子の正信の代まで享保から宝暦10年(18世紀半ば)にかけて数十年をかけて再建されたもので、左甚五郎作と伝わる「鷲と猿」や中国の故事にちなんだ「七福神と唐子遊び」など、胴羽目に極彩色の彫刻を施す装飾性の高い建築である。
• 貴惣門 - 境内正面入口に位置する高さ18mの銅板葺きの八脚門。屋根を上下二重とし、下重は前後に2つの切妻屋根を架け、側面から見ると3つの破風をもつ特異な形式の門。持国天、多聞天の像を左右に配置している。妻沼の林正道により、嘉永4年(1851)竣工、安政2年(1855)頃の完成。
• 御正体錫杖頭(みしょうたいしゃくじょうとう) - 聖天堂の秘仏本尊。建久8年(1197)の銘がある。錫杖とは、地蔵菩薩などが手に持つ杖のことで、杖の頭部に仏像を表すことがある。
行事
• 大縁日大祭法要 - 春季は4月18・19日、秋季は10月18・19日に行われる。
• 節分会 - 2月3日など多数。
埼玉県熊谷市・妻沼の聖天山歓喜院(しょうでんざんかんぎいん)(埼玉県熊谷市妻沼1627、鈴木英全院主、電話048-588-1644)の聖天堂(本殿)の保存修復工事が平成15年(2003)10月1日から平成22年(2010)9月30日までの7年間の歳月と多くの費用(総工費約13億5000万円)を掛けて見事に完成した。昨年11月18日に本体工事の竣功式、ことしの6月1日に竣功奉告法会を執行し、同日から一般公開が始まっている。なお、昭和53年(1978)4月、開創800年開扉法会が盛大に執り行われた。
同寺は日本三大聖天の一つとされ、「埼玉の小日光」ともいわれ、参拝客や地元住民からは「妻沼聖天(めぬましょうでん)」「(妻沼の)聖天様」などと呼ばれている。高野山真言宗準別格本山で本尊は歓喜天御正体錫杖頭(重要文化財)。
開基は齋藤別当実盛公で治承3年(1179)創建。 文化財は本尊のほか、 聖天堂と貴惣門、紵絲斗帳。鰐口が埼玉県指定文化財となっている。札所等 関東八十八箇所第88番、関東三十三観音第16番、幡羅八十八箇所第13番、東国花の寺百ヶ寺 埼玉14番。
寺伝では治承3年(1179)に、長井庄(熊谷市妻沼)を本拠とした武将齋藤別当実盛が、守り本尊の大聖歓喜天(聖天)を祀る聖天宮を建立し、長井庄の総鎮守としたのが始まりとされている。その後、建久8年(1197)、良応僧都(斎藤別当実盛の次男である実長)が聖天宮の別当寺院(本坊)として歓喜院長楽寺を建立し、十一面観音を本尊としたという。中世には忍(おし)城主の庇護を受け、近世初頭には徳川家康によって再興されたが、寛文10年(1670)の妻沼の大火で焼失した。現存する聖天堂(本殿)は、享保から宝暦年間(18世紀半ば)にかけて再建されたものである。
境内を観ると、修復工事によって本殿が創建当初の極彩色の彫刻が蘇った。総工費は13億5千万円。9億6千万円が国と県と市の補助金、3億5千万円が信徒の寄付である。大師堂=関東八十八箇所第88番(次段へ)→
出典
埼玉県熊谷市
妻沼聖天山
ウィキペディアWikipedia
画像提供:熊谷市
埼玉県熊谷市
修復前(左)と修復後(右)=熊谷市ホームページより
妻沼の聖天山本殿、保存修復なる